2018年1月22日月曜日

こまぎれなOFF

最近はちょっと時間を見つけると、お湯に入りたくなります。

このブログ記事でも温泉ネタがあまり出てこなかったように、2年ぐらい前まではこんなことはありませんでした。温泉にそれほど興味がなかったからであります。しかし、3時間ぐらいまとまった時間があると、最近はウズウズします。
温泉マークの場所がとても気になります。

こまぎれなOFFの時間も、仙台では車で片道1時間半以内の場所に、このあとの私の人生には十分なぐらい(笑)の温泉マークの場所がありますから、すぐに行動。

今日もそんなワタクシが「川渡温泉」の旅館内に見つけたポスター。
そういえば、昔何かのCMで♪24時間闘えますかぁ~ジャパニーズ・ビジネスマンなんて曲がありましたね。


しかし今日の私はどんなものとも戦ってはおりませ~ん。脱力して湯舟に浮かんでおりました。

湯舟で目を閉じていると(温泉に浸かっているお猿さんのイメージ)いろんなことが頭の中で整理されていくのを感じます。
同時に様々な発想がわいてきます。
なんだか再び仕事をやりたいという気力に満ちてきます。
こういう感覚は自宅の風呂ではほとんど起きません。
温泉効用のひとつでしょうか。

あえて、仕事から遠ざかるというのも自分を客観視するのに良いようです。
今後も、こまぎれなOFFの有効活用していかなくちゃ(笑)

2018年1月21日日曜日

粛々と着々と

一見すると冬枯れの、
いつもの散歩道。

けれども、桜の木の下を通るとき、近づいてよく見ると、
「あら、枯れてなんかいないわよ」
 という声が聞こえてきそうなのでありました。


乾いた厚い枝の皮、その下では、蕾の蕾のようなものが顔を出しそうです。
じっとして見える、こういう時期も大切なんだ。
風姿花伝のある一節を思い出しました。
粛々と、着々と美しい花をつける準備が進行しているのですね。

見習わないと。


2018年1月20日土曜日

学生寮

仙台の中心部を流れる広瀬川。
そこに架かる幾つかの橋のうちの一つ「牛越橋」近くに「仙台興譲館寮」があります。
私が学生時代にお世話になった寮ですが、当時はもう少し下流の淀橋(よどみばし)寄りにあって古びた木造の建物でした。現在は鉄筋の立派な建物になっています。

今日はその寮の新年会にお招きいただき出席して来ました。
世代の違いはあれど同郷である学生たちと酒を酌み交わしながらの語らいは懐かしさと楽しさが交錯する、豊かな時間となりました。

同郷といえば、新年会に参加する前の時間には劇団わらび座さんの『ジパング青春記』というミュージカル初日を観劇。劇中では米沢生まれとは触れられていませんが、伊達政宗公や支倉常長が登場しておりました。

興譲館は、伊達氏が去った後の米沢で上杉鷹山公に由来する藩校に起源を持つ学校です。現在は山形県立米沢興譲館高等学校という名前になっています。仙台興譲館寮は米沢とその周辺地区出身者などで組織する公益社団法人米沢有為会が管理して、学生が運営する自治寮です。
不肖ヒロセ純、この歳になっても、この学生寮で過ごした経験が役立っていると感じることがしょっちゅうあります。
現役の寮生のお酌を受けながら、若き日の自分の姿がふと重なる瞬間もありました。

なんだか米沢生まれの方々に縁のある一日。
ありがたき一日。
よき一日。



2018年1月18日木曜日

七ヶ浜国際村に仙台フィルがやってくる(^^♪

来月、2月11日(日)に七ヶ浜国際村ホールに宮城県地方音楽会の一環として、仙台フィルハーモニー管弦楽団がやってきます。

演奏予定曲 :
バルトーク作曲 ルーマニア民俗舞曲
ベートーヴェン作曲 交響曲第7番 イ長調作品92
指揮:平川 範幸氏


そして、演奏会の最後には、七ヶ浜町のミュージカルグループNaNa5931と仙台フィルによるスペシャルな曲が披露されます。

当日NaNa5931のメンバーが歌う予定となっている曲は、
『KIZUNA』(作詞・作曲 ヒロセ純)

これはちょうど10年前の2008年に同じ国際村ホールで初演された七ヶ浜ミュージカル『KIZUNA』のタイトル曲です。翌年には自分のCDにも2番の歌詞を加えあらためて収録しました。3.11以降は、図らずも私のバンド(JUN_haevest)へのリクエストが増えた曲でもありました。

不肖ヒロセ純、自分の曲をオーケストラアレンジしていただくのは初めてのこと。どんな感じのサウンドになるのかなぁ。しかもそれを仙台フィルの演奏で、NaNa5931メンバーに歌ってもらうということは、大変にありがたく光栄に感じております。
当日の演奏がとても楽しみです。

みなさま、海のそばの劇場で奏でられる仙台フィルハーモニー管弦楽団の素敵なサウンドを味わいに、2月11日は是非七ヶ浜国際村へ足をお運び頂ければ幸いです。

お問合せ
七ヶ浜国際村事業協会:022-357-5931

因みに下記動画は『KIZUNA』コンポーザーバージョン(by JUN_harvest)




2018年1月17日水曜日

愉しい時間を持つために

一月も半ばを過ぎますと、さすがに正月気分も抜けてきて、正月気分が恋しくなってまいります(笑)
そんなわけで、昨日は仙台市のお隣り利府町で日帰り温泉。
小一時間ほど湯に浸り、


その後、さらにお隣の塩釜市へ移動。尾島町というところにある「ぐら」というお店。そこで20名弱が出席した「新年会」に参加したのでありました。
会場は豪快な焼肉パーティーといった様相。あたかも「新年気分納め」という感じで、飲んで食べて、皆さんおなかも大満足。


思えば私、昨年あたりからは特に「愉しい時間を持つために」お仕事させていただいている感じが強うございます。そうすると、すべてのお仕事がさらに楽しく感じるのであります。

フロイトは人生にとって大切なことは何かとの問いに「愛することと働くこと」と答えたそうですね。私もその考えに大いに賛同しておりました。
しかし、震災後、この言葉はとても重いものとなりました。なぜなら私の周囲にその2つ、すなわち愛する人と仕事の両方を失った人がいたからです。
震災を経て、私には「生きる目的は何か」という問いがさらに大きくのしかかってきました。海沿いの町で、仲間たちとの愉しい時間のあと、仙台に向かう空席の目立つ電車の中で震災直後数ヶ月の想いが胸の内を去来しました。

しかし、お酒も入っていましたから、あまり難しいことは考えられません。
ぼーっとした頭のままでいると、いつのまにか電車は終着駅の仙台に到着していたのでありました。

2018年1月16日火曜日

リフレクション

北側の窓からおてんとさんの光が差し込むなんてことは、ふつうはないですよね。
しかし、最近オフィスの北側の窓から昼下がりになるとちょうどよい光が差し込んで、気持ちよいのです。

斜め向かいに出来た高いビルの側面に反射した光がオフィスのガラス越しに差し込んできます。100パーセントのリフレクションではないようで、光量がいい塩梅になって手元に届きます。


本を読んだりするのも、良い感じのあかりで気分上々。


しかし、これがね、昼下がりでありますから、ぽかぽか気持ちが良くて、眠くなってしまうのがちょっとね(笑)

2018年1月15日月曜日

翻訳しにくい

私の生まれ故郷の米沢。
今朝の最低気温が氷点下16.1度だったそうです。
思わず父に安否確認の電話を入れました(笑)

さて、話が突然飛びますが、そんな日本で使われている日本語。

「いただきます」
「ごちそうさまでした」
「よろしくおねがいします」
「もったいない」


日本語には外国語に翻訳しにくい言葉がいくつか存在します。
もっとも、その逆もたくさん例があると思います。
浅学の身ゆえ予めお赦しいただき誤解を恐れず申し上げれば、こうした外国語に訳しにくい言葉にこそ、日本らしさが隠れているように思うのであります。
そして、この日本らしさを世界に伝えることが、私たち表現活動にたずさわるものたちの使命のひとつのように感じています。

たとえば「よろしくおねがいします」。昔、私たちがカナダのトロントにある劇場で自分たちの作品を上演するときに、現地の劇場や技術スタッフの皆さんに対して出演者とともに「よろしくおねがいします!」とあいさつしたところ、うまく通じなくて苦労したことがありました。
返ってきた言葉が「そんなこと言われなくてもオレたちはプロだからちゃんとやるよ」という内容だったと記憶しています。

「よろしくおねがいします」には、こちらがへりくだって、相手をたてる、リスペクトの意味がふくまれています。また、相手の胸をお借りします、技術や力をお貸しください、私たちはしっかり取り組みます、という依頼や決意も含まれることがあります。
翻訳しにくいですねぇ。

しかし、それらの言葉は「声に出す」ことで身体に入り込んでいくものです。ある条件(状況)をそろえて、声に出すことで、先に述べた日本らしさ、日本人らしさを身につけていくことができます。と同時に、こうした表現することが世界に存在する様々な人的もしくは多国間との摩擦を軽減し、ユニバーサルな感覚となることを目指すべきであると考えます。
インターネットやAIの発達がどれほど加速しようとも、子供たちが日本人としての矜持をもって、世界へ羽ばたいてもらえるように、こうした翻訳しにくい言葉たちに注目し続けていきたいと思います。

したがて、今日もお稽古場ではキッズクラスをはじめとして、すべてのクラスで「あいさつ」を重要視しています。

「よろしくおねがいします!」


2018年1月13日土曜日

お稽古場以外で

事務所にて。
今日は米国からやってきた方、取材の方、中学受験合格を報告に来てくれた方、初孫を連れてきてくださった方、県外からご年始をお持ちくださった方…お客さまの多い一日でした。
 その合間に、仙台や七ヶ浜の稽古場で子どもたちが持ってきてくれた読書感想文や日記に目を通します。


日記や感想文を書くということ。これは一見ミュージカルとは関係のないように思われるのですが、そうではありません。観察力や読解力は、ダンスにもお芝居にも歌にも、とっても必要で大切なちからです。お稽古場以外で培われたそれらのちからは、ミュージカルのお稽古場にフィードバックされていきます。
今は気づかないかもしれないけれど、それは時間とともにじわじわそれがわかってもらえることでしょう。

持ってきてくれたノートを読んでいると、子どもたちの感性にこちらが感心することが多くあります。読んでいるだけでこちらが楽しい気分になってきます。
ありがとう。
出来るだけコメントを書き入れて各人にお返しします。

写真展は明日まで

昨年11月に上演された七ヶ浜ミュージカル『どこでもないここ』(作・演出・振付:梶賀千鶴子、音楽監督:上田亨)の写真展が、七ヶ浜国際村ギャラリーで開催されています。


本作品は、プロデュースと音楽で関わらせていただきましたが、すべての場面を見ているわけではないので「あの時間に、ここではこんなふうになっていたのかぁ」と、いろいろな角度で撮影された写真の数々に関心しきり。


また、館内では「北洋漁業と3.11~七ヶ浜の漁業と3.11」という特別展示なされていて、大変興味深い内容のものでした。
拝見したのはちょうど11日でしたから、あれから6年10か月か…と個人的にも感慨深いものがありあました。
展示は明日14日まで。


2018年1月10日水曜日

お粥

お粥が好きである。
小学校1年生ですでに胃潰瘍と診断されたことのある不肖ヒロセ純。ゆえに小さき頃からお粥には縁がある。愛情込めて作っていただいたお粥が一番に決まっているが、近頃はコンビニなどで売っているお粥もなかなかイケル。事務所でも簡単にお粥を頂けるよき時代になった。


幼少の経験から、お粥は家で作ってもらうものという先入観があったが、昨年11月末に2泊3日で出張した台北では、ホテルの向かいにあるコンビニ(ファミマである。台北市内ではセブンとファミマがたくさんある。)の脇で早朝から屋台のお粥を販売していた。お粥は野外で売るものらしい。ちょっとしたカルチャーショック。


バイクに乗った方やサラリーマン風の方など、通勤途中と思しき方々が次々とお粥を買い求めている。同行の税理士Tさんの勧めもあって、私も一杯買ってホテルに戻り頂いた。
実にうまい。コメは日本のものとほとんど変わりはなく、トッピングは豚肉を煮込んだものらしいが、その味も日本人には馴染みやすいものであった。
価格は日本円で200円ちょっと。これで、十分におなかがふくれる。


ホテルの窓からもちらと屋台が見えるのだが、結構人気だ。ご夫婦らしいお粥屋のお二人の醸し出している味なのであろう。ここで商売初めてどれぐらいになられるのかなぁ、これまでどんな人生を歩んでこられたのだろう。お客さんは常連客が多いのかな…。一杯のお粥から妄想が膨らむ。台北に住む人々の日常にちょっぴり触れたような気分であった。

おふくろの味にはじまって、人生においてはいろいろな味の記憶が生まれるものであるが、幼いころの「食べられない」記憶のせいか、食べ物と幸福感が私の中で一体となることが多い。
人間はだれしもいつかは「食べられなくなる」日がくるもの。レトルトお粥のパッケージを眺めつつ、一瞬脳裏に台湾の味がよぎった。食べられるという当たり前に感謝をしつつ、また台湾で美味しいものを食べる機会に恵まれるようにと願った。